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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)75号 判決 1982年5月11日

原告

キヤノン株式会社

被告

株式会社リコー

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和55年2月12日、昭和51年審判第13283号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、特許第821687号、名称を「コロナ放電器」とする発明(昭和45年3月23日出願、昭和50年12月6日出願公告、昭和51年7月9日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、昭和51年12月14日、原告を被請求人として、特許庁に対し本件発明につき特許の無効の審判を請求したところ昭和51年審判第13283号事件として審理され、昭和55年2月12日、本件発明の特許を無効とする旨の審決があり、その謄本は、同年3月12日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

シールドケースの長手両端間に懸張される放電線にコイルバネにより緊張作用を与え、その放電線の途中に設けた電気絶縁性受け台を調整ねじにより出入れすることによつて放電線の感光体に対する間隔を調整し、その調整時に上記コイルバネを伸縮させて放電線の緊張力を常に一定に保つようにしたコロナ放電器。

3  本件審決の理由の要点

本件発明の要旨は前項のとおりである。

ところで、特許出願公告昭和40年第13904号公報(以下「引用例」という。)には、コイルバネ20により放電線19に緊張作用を与え、その放電線の途中に設けた懸吊部材を調整ねじ31で位置調整することにより放電線の感光体に対する間隔を調整し、その調整時にコイルバネ20を伸縮させるようにしたコロナ放電器が記載されている。

そこで、本件発明と引用例のものとを比較すると、その差異は、(1)本件発明のコロナ放電器にシールドケースを設けたこと、(2)放電線の感光体に対する間隔を調整する際に、本件発明では電気絶縁性受け台を用いるのに対して、引用例のものでは懸吊部材を用いていること、(3)調整時に本件発明では放電線の緊張力を常に一定に保つようにしたこと、の3点にある。

しかしながら、(1)の差異点であるコロナ放電器にシールドケースを設けることは、慣用の技術である。つぎに、(2)の差異点については、放電線の電圧が高圧である以上、放電線に近い懸吊部材に絶縁性の材料を用いるのは当然であり、また、放電線を支持する際に、引用例のような懸吊部材の代りに、本件発明のように受け台としても、単なる支持手段の違いがあるに過ぎない。さらに、(3)の差異点についてみると、本件発明における放電線の緊張力を常に一定に保つ構成は、明細書全体の記載によれば、調整ねじの調整時にコイルバネが伸縮し、その結果として生じる作用をさしているが、コイルバネが伸縮する以上、放電線の緊張を常に一定に保つことは厳密には不可能であり、緊張力はいくらか変化するものである。そうすると、その違いの意味するところは、コイルバネの伸縮により、放電線に無理な力が作用しないようにして断線を防止したり、放電線がゆるむことを防止するものといえるが、そのような効果は、引用例のものにおいても、そのコイルバネが伸縮するものである以上、当然生じているはずである。

したがつて、(1)、(2)、(3)の差異点は、単なる慣用手段の付加ないし設計変更の範囲を出ないものであるから、本件発明は、引用例に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、その特許を無効とすべきものである。

4  審決取消事由

審決は、つぎのように、本件発明と引用例のものとの本質的な差異を看過し、同一発明としたものであり、判断を誤つた違法があるから、取消されねばならない。

1 発明の目的、技術分野の相違

本件発明は、一般事務用機器に属する電子写真複写機のコロナ放電器に係り、感光体に対して放電線を進退させて一定電源電圧において感光体の帯電電位を変えることのできる放電器を提供することを目的とするものである。

これに対して、引用例のものは、電子写真の原理を応用して鋼板表面に罫書を行うための帯電機であるが、感光体に相当する鋼板には、厚さの変化、幅方向のひずみがあること及び放電線にたわみがあることを前提とし、このような場合にも、一様に帯電を行いうるようにし、罫書効果を挙げることを目的とするものである。

このように両者は、発明の目的ひいては属する技術分野が明らかに異なるのに、審決は、この相違を看過している。

2 構成上の相違

(1)  本件発明が、感光体に対し帯電幅の全長にわたる放電線全体を電気絶縁性受け台にて受け、該受け台を調整ねじにより出入れすることにより「放電線全体」の感光体に対する間隔を調整する構成であるのに対し、引用例のものは、帯電体の両端を支持装置Aにより保持し、また、鋼板の幅方向数個所を支持装置Bにより懸吊支持し、鋼板に厚さの変化及び幅方向のひずみがあつても、また、帯電体にたわみがあつても、鋼板と帯電体全体との間隙を一定に保持するようにした構成であり、ナツト31の調整は、単に帯電体19のたわみ是正の意味しかないから、引用例のもののナツト31は、本件発明の調整ネジとはその趣旨を異にする。すなわち、ナツト31を含む引用例第3図の是正装置は、帯電体と鋼板の間隙が帯電体の自重によるたわみにより変動した部分を元の調整位置に戻す修復装置でしかない。したがつて、本件発明のように、帯電幅全域に対して感光体と放電線の間隙調整を行うものとは、その構成を異にする。

したがつて、審決が引用例には、「懸吊部材を調整ねじ31で位置調整することにより放電線の感光体に対する間隔を調整する」ことが記載されているとしたのは、誤りである。

(2)  本件発明は、コイルバネにより直線状に緊張された放電線を電気絶縁性受け台にて受け、該受け台を緊張に抗して調整ねじにより出入れすることにより、放電線の感光体に対する間隙を調整ねじのピツチを利用して微細に調整するものである。これに対し、引用例のものにおいては、帯電体19は、その懸吊個所をスプリングSを介して懸吊しているのであるから、たとえナツト31により上下位置調整を行つてもスプリングSが上下方向に伸縮することによる影響を受け複雑な動きを示し、ナツトの位置調整がそのまま帯電体19の上下位置調整には対応せず、帯電域全体にわたる間隔微調整は不可能というべきである。

(3)  本件発明は、コイルバネによつて緊張された放電線を電気絶縁性受け台にて受け、これを出入れすることによつて、間隔を調整する構成である。すなわち、放電線は、コイルバネによる張力により受け台に押しつけられた状態で受け台上に保持される。したがつて、本件発明によるコロナ放電器は、上向き、横向きあるいは下向き、いずれに向けても、放電線がコイルバネの張力により受け台に押し付けられ保持されているので、間隔調整機能をもつた状態でコロナ放電を行うことができる。

これに対し、引用例のものにおいては、自重によりたわんだ放電線を懸吊部材により吊り上げる構成である。したがつて、引用例の帯電機は、重力方向、それも下向きに帯電を行うことしかできない。

(4)  引用例の帯電体は、緊張によつてもなお、たわみが生ずる程度に長いものであり、生じた帯電体の自重によるたわみを第3図の是正装置により、たわみがなくなるように調整しても、緊張作用を与えるスプリング20には、本件発明のコイルバネのような実質的な伸縮は生じないから、その構成を異にするものである。

したがつて、審決が、引用例には、「その調整時に上記コイルバネを伸縮させる」ことが記載されているとしたのは、誤りである。

3 作用効果の相違

本件発明は、単に調整ネジ6により、放電線受け台7を移動させることのみで放電線8の感光体に対する距離、すなわち、感光体の帯電幅全域にわたる放電線と感光体との間隔を、微細に調節変化させ、これによつて、高圧電源HVの出力電圧は一定にしておいて、感光体の表面電位を変えることが可能であり、各種電圧の電源トランスを作る必要がないから、コスト的に有利である。また、複写機設置位置の環境、感光体の特性の変化の場合も、放電線の位置の調整で、表面電位を微細にかつ容易に補正することができるという電子写真複写機に特有な作用効果を奏する。

これに対し、引用例のものは、帯電体の両端を保持する支持装置Aを鋼板の厚さの変化に応じて自動的に昇降させ、また、帯電体を鋼板の幅方向数個所において、鋼板のひずみ及び鋼板の幅広のために生ずる帯電体のたわみによる帯電体と鋼板との間隙の不均一性を是正する支持装置Bにより懸吊し、もつて、鋼板に厚さの変化及び幅方向のひずみがあつても、また、帯電体にたわみがあつても、帯電体と鋼板との間隙を一定に保持し、一様な帯電を行いえて、罫書効果を挙げうるという、電子写真式鋼板罫書装置に特有な作用効果を奏するが、本件発明における電子写真複写機に特有な作用効果を期待することができず、両者は、作用効果においても明らかに相違する。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

審決の判断は、つぎに述べるとおり正当であつて、違法の点はない。

1 発明の目的、技術分野の相違について

本件発明の「特許請求の範囲」には、単に「コロナ放電器」と記載されているのみで、電子写真複写機のコロナ放電器であることの限定は何ら存在しない。これに対し引用例がコロナ放電器に係るものであることはいうまでもない。つまり、両者の属する技術分野は、同一であるといわなければならない。

仮に、本件発明について、原告の主張するとおり、「発明の詳細な説明」の記載を斟酌して、「特許請求の範囲」にいう「コロナ放電器」の語を「電子写真複写機のコロナ放電器」と限定的に解することが許されるとしても、引用例のものもまた、電子写真複写機に属するものであり、いずれにしても、本件発明と引用例のものとの間に技術分野の相違はない。

なお、原告は、本件発明と引用例のものとの技術的課題に相違があると主張するが、特定の発明たる技術的思想が、ある文献に開示されているというためには、その文献に当該技術的思想の内容、すなわち、その構成が記載されていれば足り、必ずしも、その目的、作用効果等についてまで記載されていることを要しない。引用例に本件発明の全構成が開示されており、本件発明の作用効果も当然その構成に伴う範囲のものと認められる以上、引用例のものもまた、本件発明と同じく、「感光体に対して放電線を進退させて一定電源電圧において感光体の帯電電位を変えることができる」というべきである。

2 構成上の相違について

(1)  本件発明の「特許請求の範囲」には帯電幅全域に対して感光体と放電線の間隔調整を行うとの記載はないし、電気絶縁性受け台が帯電幅の両外側にあるという限定も存しない。本件発明の「特許請求の範囲」には「放電線の途中に設けた電気絶縁性受け台を調整ねじにより出入れすることによつて放電線の感光体に対する間隔を調整し」と記載されているに過ぎない。

一方、引用例の装置は、ナツト31の調整により吊杆30を上下に昇降させ、これによつて放電線19を上下させて、これと感光体との間隔を調整するものである。したがつて、引用例においても、「放電線19の途中に設けた懸吊部材を調整ねじ31で位置調整することにより放電線の感光体に対する間隔を調整し」ていることはいうまでもない。よつて、審決の認定は正当であり、原告の主張は「特許請求の範囲」に記載されていない事項をもつて、本件発明の要旨とするものであつて、主張自体失当というべきである。加えて、引用例のものにおいても、放電線を懸吊支持する支持装置の数及び位置を適宜選択することにより、帯電幅全域に対し、感光体と放電線の間隔調整を行うことは可能である。

(2)  本件発明の「特許請求の範囲」には、放電線がコイルバネにより緊張作用を与えられているとの記載はあつても、「直線状に緊張されている」との記載はない。この主張は、「本件発明は、一般事務用機器に属する電子写真複写機に用いるコロナ放電器であつて、シールドケースの長手両端間に懸張される放電線は、その長さが比較的短かくコイルバネにより緊張作用を与えた場合、位置が定まつている感光体表面に関して直線状に緊張され、放電線の自重によるたわみはないとみてよいものである。」という原告の解釈を前提とするものであるが、この解釈自体、極めて恣意的といわざるを得ない。本件発明の「特許請求の範囲」はもちろん、「発明の詳細な説明」にも、放電線の長さについては一切記載されていないし、また、前記のとおり、「特許請求の範囲」には単に「コロナ放電器」とのみ記載されているに過ぎず、仮に、「発明の詳細な説明」の記載を斟酌するときは「電子写真複写機のコロナ放電器」に限定されうるものとしても、「電子写真複写機」には、引用例のような電子罫書装置も含まれるから、このことから当然に、本件発明における放電線の長さが比較的短かいとか、放電線の自重によるたわみはないということはできない。

一方、引用例のものにおいても、コイルバネ20により放電線19に緊張作用を与えていることは明らかである。また、引用例のものにおいては、放電線19の懸吊個所をスプリングを介して懸吊しているものではあるが、前記のとおり、ナツト31の調整により吊杆30を上下に昇降させ、これによつて放電線19を上下させて、放電線19と感光体との間隔を調整するものであることに変りはない。

(3)  本件発明の「特許請求の範囲」には、単に「放電線の途中に設けた電気絶縁性受け台」のみ記載されているに過ぎず、放電線が「受け台」に押しつけられた状態で保持される旨の記載はなく、また、放電線の長さ及び自重、「電気絶縁性受け台」の構成、位置、数及びそれらの間隔並びに放電線がこの「受け台」にどのように支持されるかについて、これを限定する趣旨の記載も全くない。加えて、「発明の詳細な説明」にも、放電線が「受け台」に押しつけられた状態で保持されるとは記載されていないし、その作用効果の記載もない。したがつて、本件発明においては、「放電線は受け台に押しつけられた状態で受け台上に保持される」ことを要旨とするものとはいえず、ひいて、「本件発明によるコロナ放電器は上向き、横向きあるいは下向きいずれに向けても、放電線はコイルバネの張力により受け台に押し付け保持されている」ことが本件発明の特有の作用効果として期待されているものということもできない。

(4)  引用例のものにおいても、コイルバネ20により放電線19に緊張作用が与えられているのであるから、ナット31の調整により懸吊個所において放電線19を上下させれば、その引張作用により、多かれ少かれコイルバネ20に伸縮が生ずることは自明のことである。のみならず引用例のものにあつては、「鋼板の幅方向数か所において」支持装置により放電線を懸吊支持するものであり、支持装置の位置は任意にこれを選択しうるものであるところ、この支持装置をコイルバネ20に比較的近く置いた場合には、右伸縮が特に顕著に生ずることはいうまでもない。よつて、この点に関する審決の認定にも誤りはない。

3  作用効果の相違について

原告主張の作用効果は、本件発明の「特許請求の範囲」記載の構成に当然伴う範囲にとどまるから、審決の認定するとおり、引用例のものが右の構成を具備する以上、引用例のものもまた当然に右の作用効果を奏するというべきである。

第4証拠

原告は、甲第1号証ないし第4号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告は、乙第1号証、第2号証を提出し、甲号名証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 発明の目的、技術分野の相違について

いずれも成立に争いのない甲第2号証、第3号証及び乙第1号証によれば、本件発明の明細書に記載された発明の名称及び特許請求の範囲の項には、発明の対象について単に「コロナ放電器」と表示されているが、その発明の詳細な説明の項には、その冒頭に「本発明は、電子写真複写機のコロナ放電器に係り、感光体に対して放電線を進退させて一定電源電圧において感光体の帯電電位を変えることのできる放電器を提供することを目的とする。」と、また、作用効果に関して「複写機設置位置の環境(特に湿度により表面電位が左右される。)……の場合も、放電線の位置の調整で表面電位を容易に補正することができる。」と、それぞれ記載されているので、原告主張のように、これを、いわゆる一般事務用機器に属する電子写真複写機に用いるコロナ放電器を指すものと解しうるとしても、これに対し、引用例に記載の帯電機もまた、電子写真の原理を応用して鋼板表面に罫書を行うためのコロナ放電器であつて、一般に複写に用いられるいわゆる事務用としての電子写真装置の代表的なものと並び考察される電子写真手法を利用した装置に属するものであることが認められるから、結局、両者は、電子写真に用いられるコロナ放電器である点で、同じ技術分野に属するものというべきである。

ところで、前示のとおり、本件発明は、「感光体に対して放電線を進退させて一定電源電圧において感光体の帯電電位を変えることのできる放電器を提供すること」を目的ないし技術的課題としているのに対し、前掲甲第3号証によれば、引用例では、感光体に相当する鋼板における厚さの変化、幅方向のひずみ及び放電線の自重によるたわみによる放電線と鋼板との間隔の不均一を防止することにより、鋼板表面に対し一様に帯電を行うことを技術的課題としており、両者の間には複写機用か罫書装置用かの差異があるとしても、後記認定のとおり、本件発明の特許請求の範囲に記載されたコロナ放電器自体の構成については、引用例記載のものに比較して格別の差異を認めることができない。

そして、引用例記載のものは、帯電体の両端を支持装置Aにより保持し、また、鋼板の幅方向の数個所を支持装置BないしCにより懸吊支持し、支持装置Aにより、鋼板に厚さの変化があつても帯電体と鋼板表面との間隔を一定にするように調整し、また、支持装置BないしCにより、鋼板の幅方向のひずみ及び帯電体のたわみによる帯電体と鋼板表面との間隔の不均一を是正し、間隔を一定にすることを意図したものであるが、支持装置BないしCに設けられたナツト31は、後に認定するように、本件発明における調整ねじと同様に操作して、帯電体(放電線)の鋼板(感光体)に対する間隔を調整することが可能であるから、以上要するに、本件発明と実質的に同じ技術的思想に立つて、同等の目的を達するものというべきである。

そうすると、発明の目的、技術分野に関する原告の主張は採用できない。

2 構成上の相違について

(1)  前掲甲第2号証及び第3号証によれば、つぎのとおり認められる。すなわち、本件発明の明細書に記載された実施例では、絶縁性受け台が帯電幅Dの両外側にしか設けられていないが、その特許請求の範囲には「その放電線の途中に設けた電気絶縁性受け台を調整ねじにより出入れすることによつて放電線の感光体に対する間隔を調整し」と記載されており、絶縁性受け台が帯電幅の両側にのみ設けられる旨の限定はない。しかも、本件発明の対象とするコロナ放電器は、その放電線の長さも特に限定されておらず、放電線の支持方法についての限定もない。したがつて、本件発明においても、放電線の長さによつては、絶縁性受け台が帯電幅の両外側のみならず、その中間の適当個所に設けられることが考えられるので、結局、本件発明における絶縁性受け台の設置と引用例のものにおける支持装置BないしCの設置位置との間に本質的な差異を認めることはできない。

そして、引用例の装置においても、ナツト31の調整により、吊杆30を上下に昇降させることにより帯電体(放電線)を上下させて感光体との間隔を調整しており、その際、支持装置BないしCの数及び位置を適宜選択することにより、帯電幅全域にわたる感光体と放電線との間隔調整を行うことができる。

したがつて、審決が引用例に「懸吊部材を調整ねじ31で位置調整することにより放電線の感光体に対する間隔を調整する」ことが記載されているとしたことに誤りはなく、本件発明が放電線全体に対する間隔調整を行う構成であるのに対し、引用例のものは帯電体(放電線)のたわみの是正を行うための構成である点で相違があるとする原告の主張は理由がない。

(2)  前掲甲第2号証及び第3号証によれば、つぎのとおり認められる。本件発明の特許請求の範囲には、「放電線にコイルバネにより緊張作用を与え」「放電線の緊張力を常に一定に保つようにした」旨の記載はあるが、原告主張のように放電線がコイルバネにより厳密に直線状に緊張される旨の限定はなく、その放電線の長さ、支持方法についての限定もないから、本件発明においても、放電線の長さによつては、たとえコイルバネにより緊張作用を与えても、放電線が自重によつてたわみを生ずることが考えられる。

他方、引用例のものにおいても、帯電体(放電線)にスプリング20(コイルバネ)に緊張作用を与えていることは本件発明と差異がなく、また、ナツト31の調整により帯電体(放電線)の感光体に対する間隔を調整している点でも、本件発明と差異がないことは、前認定のとおりであるから、本件発明が、「直線状に緊張された」放電線の「微調整」をする構成において、引用例のものと異なるとする原告の主張は理由がない。

(3)  原告は、本件発明は、コロナ放電器をいずれの向きにしても、放電線はコイルバネの張力により受け台に押し付けられた状態で保持されて間隔調整を行うことができると主張するが、前掲甲第2号証によれば、その特許請求の範囲には、放電線が受け台に押しつけられた状態で保持される旨の限定はなく、前(2)の項認定のとおり、放電線の長さいかんによつては、自重によりたわみを生ずることになるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(4)  前掲第2号証及び第3号証によれば、つぎのとおり認められる。すなわち、本件発明においても、放電線の長さいかんによつては、たとえその端部をコイルバネにより緊張させる構成としても、その自重によつてたわみを生ずることは、前説示のとおりであり、他方、引用例のものにおいても、スプリング20(コイルバネ)の「牽引力」で帯電体(放電線)が「張架」されて緊張作用が与えられているから、ナツト31の調整により懸吊個所において放電線を上下させれば、その引張作用によりスプリング(コイルバネ)20に伸縮を生ずるのは当然である。したがつて、それは、本件発明のコイルバネ11と径庭がないし、審決が引用例について「その調整時に上記コイルバネを伸縮させる」ことが記載されているとしたことに誤りはなく、この点に関する原告の主張も理由がない。

3  作用効果の相違について

前掲甲第2号証及び第3号証と前記1、2の項に認定の事実とによれば、本件発明の電気絶緑性受け台を出入れする調整ねじは、引用例において懸吊部材を上下させるナツト31に相当し、また、本件発明において放電線に緊張作用を与えるコイルバネは、引用例におけるスプリング20に相当する構成とみることができ、その他、構成上実質的な差異が認められないことは前1、2の項説示のとおりである。したがつて、本件発明の特許請求の範囲に特定されたコロナ放電器の構成は、引用例記載のものと比較して格別の差異がないというべきである。

そして、原告が主張するような本件発明の奏する放電線と感光体との間隔調整に関する作用効果は、その特許請求の範囲に規定された構成に当然伴う範囲においてのみ認められるものに過ぎないから、これと構成上差異のない引用例のものも、本件発明と同様な作用効果を奏するものというべく、両者の間に作用効果の相違があるとする原告の主張は採用できない。

3  そうすると、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、失当として棄却するほかはない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)

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